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復活節第6主日ミサ説教「聖霊が与えられる」

復活節も深まり、来週は主の昇天祭、そして再来週は聖霊降臨祭になります。本日、復活節第6主日の聖書朗読は、私たちのうちに働く聖霊に思いを向け、聖霊降臨祭を準備させるものとなっています。 

ルカ福音書と同じ著者が記したとされる使徒言行録の1章と2章は、主の昇天を復活の40日後のこととし、さらにその10日後、すなわち五旬祭(ペンテコステ)の日に「聖霊降臨」の出来事が起こったと記しています。この五旬祭の日、弟子たちは聖霊に満たされ、力強く宣教を開始しました。そのくだりを読んでいると、聖霊はその時、すなわち復活の50日目にして初めて、弟子たちに注がれたように感じられます。復活の40日目のイエス昇天の後、弟子たちはイエスの約束を信じて聖霊の降臨を10日間待っていたことになります。しかしながら、ヨハネ福音書20章に従えば、聖霊は主の復活のその晩、すでに弟子たちに与えられています。イエスは最後の晩餐の時に約束したことを、父なる神のもとに帰った(復活した)とき、さっそく果たしてくださいました。今日の福音(ヨハネ14章)にあるように、「別の弁護者」が遣わされ、「真理の霊」が共にいてくださることが実現したのです。弟子たちはこうして聖霊を受けた後、かつて、いつも抱き続けた問い「いったい、このイエスは何者なのか」に対する最終的な答えを得ることができたといえるでしょう。 

ところで、4福音書はそれぞれ、復活の主が弟子たちやマグダラのマリアに現れる話を伝えています。それらの話に共通しているのは、復活の主は、地上のイエスを知っていた人たちだけに現れているということです。彼らはイエスと生活を共にしており、イエスが真の具体的な人間であることをよく承知していました。その彼らが、ナザレのイエスと復活の主が同じ御方であり、その御方が父なる神のひとり子であることを悟ったのです。このこと自体、聖霊の働きによるものであるとしか考えられませんが、それは、彼らが特別な証人となって証しするためだったのではないでしょうか。 

使徒言行録は前述のように、五旬祭の日に聖霊が弟子たちに降ったと明確に記しています。しかし、聖霊がこの日降ったのは、弟子たちだけではありませんでした。弟子の筆頭ペトロの言葉を受け入れた3千人ほどの人が洗礼を受け、その賜物として聖霊を受けたと書かれています。そもそも、人々がペトロの言葉を受け入れることができたということ自体、聖霊の働きとしか考えられません。こうして、今や勇気ある復活の証人となった弟子たちの証言を受け入れて、生前のイエスを知らない人たちが新たに仲間に加わりました。それまでは弟子たちの集まりでしたが、信じる人たちの集まり、すなわち教会となったのです。聖霊降臨の日に教会が誕生したと言われる所以です。聖霊は、弟子たちにだけではなく、弟子たちの宣教によってイエス・キリストを信じた人々にも与えられます。今日の私たちにも与えられるのです。そこに聖霊降臨の重要な意味があり、これはその時以来、今に至るまで、変わることのないキリスト者の確信となっています。 

聖霊降臨の日を前にして、弟子たちはすでに聖霊を受け、イエスが「人となった神の御子」であることを信じることが実質的にできていました。だからこそ、聖霊降臨の日、聖霊の賜物、特に「勇気」に満たされ、力強く宣教を開始することができたのではないでしょうか。 

堅信式の時に司教が唱える祈りの引用で結ぶことにします。私たちに、「助け主である聖霊を送り、知恵と理解、判断と勇気、神を知る恵み、神を愛し、敬う心をお与えください。アーメン。」 

☆山本量太郎

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