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復活節第4主日ミサ説教「主はわが牧者」 

思い出してみますと、私が初めて日本語で歌った詩編の歌は、詩編23から作られた「主は我が牧者」でした。50年ほど前、ミサが日本語になって間もなくのことですが、日本語の典礼聖歌はまだほとんどなかったので、その頃いちばん有名だったフランスのジュリノーという神父さんが作ったフランス語の典礼聖歌のメロディーをそのまま使って歌詞を日本語に訳したものでした。その後、「主はわれらの牧者」という日本語の典礼聖歌(123番)ができたからでしょうか、いつの間にか歌われることもなくなりました。 

この詩編23は、真っ先に日本語でも歌うようになったほど有名な詩編です。同じ詩編を基にして作られた「飼い主わが主よ」という有名な讃美歌(カトリック聖歌集659番)もあります。いずれにしても、「主はわれらの牧者」、また「飼い主わが主よ」と歌うとき、私たちの思いは自然とイエスに向かうのではないでしょうか。それは私たちがイエスを「主」であると信じ、主イエスとお呼びしているからなのです。 

でも、ヘブライ語で書かれたもともとの旧約聖書の詩編23には、「主」という意味の文字は書かれていませんでした。そこには、旧約聖書の民が唯一の神と信じる御方のお名前がヘブライ文字4文字で書かれていました。英語のアルファベットで書けば「YHWH」ですが、それは現代の聖書学者たちが「神聖4文字」と呼んでいるほど、旧約聖書の民は「神聖」なものとして、その名前をみだりに呼ばないどころか、そのまま発音することも決してありませんでした。それがどのくらい徹底していたかというと、だれもその神の名がどのように発音されていたか分からなくなってしまったほどだったのです。学者たちはそのもともとの発音を「ヤーウェ」とか「ヤハヴェ」とか、いろいろと推測していますが、どれもあくまでも推測に過ぎません。とにかく、旧約聖書の人々は、神聖な神の名が出てくると、必ず「主」と置き換えて発音していましたので、実は、「主はわが牧者」はもともと「YHWH(神の名)はわが牧者」だったのです。 

さて、復活のイエスと出会った弟子たちは、間もなくイエスがキリスト、すなわち待ち望んでいた救い主であり、また「主」、すなわち神と等しい御方であることを告げ知らせるようになりました。それこそがキリスト教の始まりといってもいいでしょう。そして今や私たちはミサの中で当然のように、「私たちの主イエス・キリストによって。アーメン」と繰り返しています。しかし、それは決して当たり前のことではありません。まさに、私たちの信仰の根幹を表明しているのです。 

復活の主イエスは目に見えないけれども、今も私たちと共におられることを特に思う復活節が深まり、復活節第4主日までくると、その復活の主が良い羊飼いとして私たちと共にいてくださることに思いが至ります。しかも共にいてくださる主イエスは、私たち一人ひとりのことを知っており、私たちの先頭に立って、豊かな命を受けることができるように導いてくださる、と今日のヨハネの福音(10・1-10)は記しています。イエスが私たちを見捨てて離れてしまうことは決してありません。私たちさえ離れなければ、良い羊飼いである主イエスは私たちを必ずや天の牧場にまで導いてくださり、私たちはそこで「とこしえに神の家に生きる」(詩編23)ことができるという、全幅の信頼を込めて、「主はわれらの牧者」という典礼聖歌(詩編23)を今日の答唱詩編として歌うのです。今日は残念ながらミサをご一緒にささげられませんが、お手もとに「典礼聖歌」があれば123番「主はわれらの牧者」、「カトリック聖歌集」をお持ちなら659番「飼い主わが主よ」を口ずさんでみてはいかがでしょうか。 

☆山本量太郎 

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