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多摩南宣教協力体司祭巡回ミサ

2013年07月14日

小池 亮太 (カトリック町田教会 主任司祭)

三位一体の主日を祝っている今日の福音(ヨハネ16・12-15)では、父のものは自分のもので、そしてそれを聖霊が告げる、そう言って父と子と聖霊の一体性を示しています。

ところで第一朗読(箴言8・22-31)の中で「主は、その道のはじめにわたし(つまり知恵)を造られた。いにしえの御業になお、先立って」とありました。ここでわたしたちは「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった」というヨハネ福音書の冒頭(ヨハネ1・1)の言葉を思い出します。そしてそのあと、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」と続きます。わたしには箴言に出てきた<知恵>とヨハネ福音書の中の<神のひとり子>(ヨハネ1・14)は同じものを指しているように思えます。

旧約聖書はユダヤ教の聖典でもあります。ユダヤ教は、神とは主なる神一人だけだと考えています。でもその聖典に含まれている箴言において、最初から神と共にあった<知恵>の存在を認めることは、ただ一人の神ではない何か新しい神の理解の始まり、兆しのようにも感じます。とは言えユダヤ教の神は唯一の神であり、出エジプト記では神が自らをモーセに現わしたとき「わたしはある。あるという者だ」(出エジプト3・14)と言っているように、その神は一つの存在であると受け取れます。一方、キリスト教の信じている三位一体の神には、何かダイナミックな働きとか動きとかがあるように思えます。どうしてそう思うのか少し話してみます。

福音書では、一人の人であるイエスは、たびたび主なる神を父と呼んで自分は神から生まれたものだと言い表します。そして、イエスをキリストだと信じる人たちは、神のひとり子が人の歴史の中にやってくることで、神と人が共にいることになったと信じています。それは天高く聖なるところから歴史の中に様々な出来事を通して救いの業を行っていた神が最後の手段として、人が歴史を紡いでいくこの地上に、自分と最初から共にあった愛するひとり子を送ったと信じているわけです。ただ、この地上の一人の人として人を救おうとする神の愛を完全に現わした神の子イエスは、その使命を終えて天に戻っていきます。でも神はそのあと聖霊をこの地上に送って、世の終わりまでひとり子が証した神の愛を人に受け取らせるようにしました。すなわち、この歴史の中、わたしたちのこの地上に神である三位一体の神がやってきた。もう一つ進めて言えば、 神はこの三位一体の交わりの中にわたしたちを招くためにわたしたちの場所まで降りてきてくれたということになります。

イエスは知恵とその生涯、死と復活を通して、この生きているところから遠くはなれた天高く聖なる場所にいる唯一の神として、そこから何かを与えるというのではなくて、自ら人を自分の 中に取り込んでしまうためにこの地上にやってきたのです。わたしたちといつも共にいる、そして人とこの世界をその交わりの中に包み込んでしまう、そういう躍動的な神です。ですから、ミサを通してダイナミックで力強い、そして今もなお聖霊の働きによってこの世界を包んでしまおうとしているその神の働きに気が付けるよう祈っていきたいと思います。そしてまた、ご聖体としてわたしたちの中にやってきて父なる神とわたしたちをつないで、そして三位一体の神の交わりの中に引き入れてくれるイエス・キリストをふさわしく自分の中に迎えることができるようミサを続けていきたいと思います。

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