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年間第26主日ミサ説教「友だちの友だち」 

日本のカトリック教会では本日、9月第4日曜日が「世界難民移住移動者の日」となっています。 

さて、友だちの友だちは友だちとよく言われますが、実際にはなかなかうまくいきません。自分の友だちのそのまた友だちが自分の友だちではなかったという経験はだれにでもあります。それにもかかわらず、「友だちの友だちは友だち」であることを実証しようとする仮説もあります。ある人が44人と友だちになるとして、その友だち一人一人がまたそれぞれ44人と友だちになるということを6回繰り返しただけで何と全人類が皆、つながるというのです。そんなことは不可能としか思えませんが、フェイスブックを人類全員がやれば可能になると本気で考えている人もいます。 

でも、そんなことを一切しなくても、既に友だちの友だちは友だちなのです。しかも、聖書に基づいて、そう言えるのです。キリストは弟子たちと過ごした最後の晩、「私はあなたがたを友と呼ぶ」と仰せになった、とヨハネの福音書(15章)は伝えています。この言葉は最後の晩さんに同席した12人だけではなく、今日の私たちにも届いています。キリストは友のために命をささげる以上の愛はないと仰せになり、そして、すべての人の友となるべく、十字架の上で命をささげられたからです。 

「いつくしみふかき」という有名な賛美歌をご存じでしょう。歌詞は「友なるイエス」と続くのですが、元の英語は「イエスは私たちのすばらしい友である」という意味です。すべての人は皆キリストの友ですから、難民の人とも、移住者の方々とも、どんな人とも一緒に、「いつくしみ深き友なるイエスは…」と歌うことができるのです。しかし、世の中には実現していないことばかりです。依然として苦しい状況におかれている難民や移住者は世界中にたくさんいます。日本も決して例外ではありません。 

日本のカトリック教会は、すでに30年近くも前に「国籍を越えた神の国をめざして」という大切な文書を発表して、難民移住移動者を迎え入れ、さまざまな違いを越えて一つの仲間になっていこうと呼びかけたのですが、そこには実にさまざまな課題があることも厳然たる事実であり、一つずつ取り組んでいくことからしか始まりません。成城教会にも、多いとは言えませんが、外国籍の信者の方も必ずミサにいらしています。具体的には小さいことからしか始められませんが、2年前、多国籍の方々と共に日本語を学ぼうというサークル「にほんご2019」が発足しました。その後、コロナ禍に入ってしまい、残念ながら現在は休会中ですが、再開が待たれます。 

ところで、今日の福音で、キリストは、ご自分の名を使って悪霊を追い出している人をやめさせようとした弟子のヨハネを、「やめさせてはならない」と叱り、弟子たちが陥ってしまっている閉鎖的なグループ意識を批判しました。続いて言われた「私たちに逆らわない者は、私たちの味方なのである」というお言葉は、キリストの広く、開かれた心を私たちに伝えるとともに、キリストが十字架に向かう中で敵意や憎しみを受け止め、すべての人を愛し続けた姿を私たちに思い起こさせるのではないでしょうか。今日の私たちも、知らず知らずのうちに「私たち」を狭くしてしまっているかもしれません。今日のキリストのお言葉を受け止めたいと思います。 

☆山本量太郎 

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