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忘れない!⑤

 カリタス南相馬 2017年冬
福岡 亨子(ふくおか きょうこ)


12月の終わりの頃、福島県沿岸にあるカリタス南相馬を訪ねました。私は一年に数回程度ですが、ここを継続して訪ねています。南相馬市のうち鹿島区は津波による大きな被害を受け、小高区は津波被害に加えて原発事故により長期にわたる避難生活を強いられました。一般的に東日本大震災は「3・11」と捉えられていますが、南相馬の方とお話をすると、原発で水素爆発が起きた「3・12」や、その後放射性物質の放出がピークとなった「3・15」も強く意識化されていることを感じます。

避難指示命令が出された市町村では懸命な除染が行われ、汚染された落ち葉や枝、土などを黒いフレコンバッグ(俗に1トン分入れられるのでトン袋と称す)に詰め込む作業が進められました。津波の塩害により畑が野原化してしまったところなどを仮置き場とし、クレーンによって何万個とも思えるような規模で積み上げ、私が訪問するたびにこの異様な光景を見せる場所は増えていきました。震災からもうすぐ7年。可燃性廃棄物焼却施設での処理などにより、私が見たトン袋の山は以前よりも小さくなったように感じられ、避難指示が解除された地域では、不通とされていた常磐線の駅の再開が増えています。故郷に帰還した人たちは、「やっと戻れた」との思いで過ごされているとカリタス南相馬の方からうかがいました。しかし、除染作業が終結したわけではなく、原発事故を受けて過疎が深刻化した暮らしには今もトン袋が共存し、沿岸では津波により壁と屋根だけが残された無残な家が点在しています。

被災者たちは、仮設住宅から災害公営住宅に移り住んだり、避難先での定住を決めたり、元の家に戻って暮らしを再建したりしています。南相馬でも多くの被災地と同様、震災前と比べて人口が激減してしまい、かつてのコミュニティーが解体されてしまいました。土いじりを楽しみ、近所の人とお喋りを楽しんでいたそれまでの暮らしは望めず、孤立を防ぐための努力が行政と民間双方で行われています。仮設住宅の頃に集会所で手芸や体操、カラオケ、お茶を飲みながらの歓談の場が形成されたように、今、サロンと称した交流の場が設けられており、サロン開催日には担当者が一軒一軒を訪ねて誘い出すような心遣いがあることを知りました。

カトリック東京ボランティアセンターが母体であるカリタス南相馬は、東日本大震災の支援拠点の一つであり、この地に暮らす人たちと共に祈り、共に過ごしながら復興に向けた活動を続けています。いくつかの修道会のシスター方やカトリック信徒がスタッフとして働いていますが、地域の方や全国から駆けつけるボランティアが宗教に対して壁を感じないよう、立場を表に出さず布教を意識しない交流をしていらっしゃいます。

世界各地で災害が起こっています。自分のささやかな南相馬との関わりを基点として被災者と支援者を想起し、心の中でつながっていきたいと思っています。

8月のメッセージ

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