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7月のメッセージ

月報 第633号

「統合された一つの聖堂共同体として」

山本 量太郎 (カトリック成城教会 主任司祭)

今から90年前、1928年(昭和3年)7月29日(日)、北多摩郡岩戸狛江村1196番地に小田急沿線初のカトリックの聖堂が献堂されました。喜多見教会の始まりです。小田急線はその前年に開通したばかりでした。その25年後の1953年、成城教会が創立されています。さらにその25年後の1978年、喜多見教会は借地問題の解決ができなかったためにその聖堂を撤去せざるをえず、喜多見駅前にある礼拝会の旧聖堂をお借りして存続することになりました。そして、今から5年前の2013年、礼拝会旧聖堂が耐震基準の問題で撤去されることになり、成城教会と統合されました。喜多見教会としての最後のミサは7月21日(日)でした。

こうして、事実の羅列のような文章を書きながら、10年前、喜多見教会80周年記念誌に元主任司祭として寄せた拙文を引用したほうがいいと思いました。

「……わたしにとっての喜多見教会とは第一に、昭和の初めころ、わたしの父が少年時、祖父母とともに数年間通った教会です。祖父は当時できたばかりの大和学園で教師をし、一家は南林間に住んでいたからです。

戦後の幼少時、京王線の仙川の近くに住んでいたわたしにとって、喜多見教会は祖母が年に一度か二度歩いていく教会でした。そのころ家族は調布の汚れなきマリア会(現在の晃華学園)のミサに毎週通っていましたが、祖母はなつかしくなると1時間くらい歩いて喜多見教会まで行っていたようです。まだ見ぬ教会でしたが、わたしの中ではいつの間にか、なつかしい教会のようになっていました。

そして喜多見教会は、思いがけなく、わたしが司祭として働く教会となりました。それまで司祭になって 7年間、教会の少ない千葉県で飛び回って働いてきたわたしは、教会がいっぱいある世田谷区内は正直なところ考えたことがありませんでした。でも、今は亡き大越神父さまが、ゆかりのある司祭が喜多見に来たといって喜ばれたことをよく覚えています。

最後に、喜多見教会は、今も、そしていつまでも、わたしの心の中に生き続けている教会です。赴任した時はまだ 30代、一生懸命ではありましたが、まことに至らない主任司祭でした。……」

この寄稿で喜多見教会との具体的な関わりは終わるはずでしたが、もう一度、ほんとうに思いがけないことが 2年前に起こりました。成城教会に任命されたのです。わたしは大越神父さまに次いで、喜多見教会と成城教会の両方の主任司祭を経験することになりました。

この7月で、成城教会と喜多見教会の統合からちょうど5年です。それまで60年もの間、独立した別々の教会として歩んで来たわけですから、家風の違いのようなものも少なくなかったでしょうが、もともとのルーツは一つ、すべては90年前の7月29日、喜多見に聖堂ができたことから始まっているのです。この7月が、成城教会にとって、統合された一つの聖堂共同体としていっそう前進して行く、節目の月となりますように。


月報7月号
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