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8月のメッセージ

月報 第623号

「岩手県の教会に思いを馳せて」

山本 量太郎 (カトリック成城教会 主任司祭)

 第二次世界大戦が終わって間もなく、岩手県の宣教はベトレヘム外国宣教会のスイス人の神父たちに委託されました。1948年(昭和23年)のことです。その時、日本に来たばかりの神父たちの後ろ楯の一人になったのが、喜多見教会主任司祭大越菊次郎神父でした。当時の喜多見教会の(後に成城教会の)青年たちが、大越神父の呼びかけにこたえて、次から次へと岩手県の幾つかの教会に伝道師(カテキスタ)として働きに出かけていきました。その青年たちの中から、平田浩神父(仙台教区)、金井久神父(東京教区)と、司祭が二人も誕生したほどです。こうした青年たちの中で、いちばん長く岩手県で働いたのは山田秋穂さんでした。彼は一関教会、宮古教会、久慈教会、釜石教会と、実に30年にわたってスイス人の神父たちを助け、伝道師を務めたそうです。

 今から20年ほど前、岩手県での長い伝道師生活から引退して東京に戻って来られた山田秋穂さんとお話しする機会がありました。私はその時カトリック中央協議会で働いていましたが、その前に喜多見教会で主任司祭をしていたことを山田秋穂さんはご存じで、自分も若いころ喜多見教会でしたと言って、先ほどの話を少ししてくださったのです。岩手県の教会の話は7年間の喜多見教会在任中、一度も聞いたことがありませんでした。大越神父が1953年、成城教会設立とともに成城教会に移られたので、岩手県の教会との関わりも、きっと成城教会へと引き継がれていったのでしょう。

 私の手もとに今、山田秋穂さんの遺稿のコピーがあります。6年前、関口教会で働いていた私は、亡くなられた山田秋穂さんの納骨式をカテドラルの地下納骨堂で司式する巡り合わせとなり、その頃、奥さまからいただいたものです。その文章は、「東京の小さな教会の青年たちが岩手県の布教に協力した足跡を、『知られざる記録』として残しておきたいと思います…」という書き出しでした。そして、そのコピーは「知られざる記録」として私のファイルに大切に保存されることになりました。

 昨年、成城教会に着任したとき、引っ越しの荷物の中から真っ先に捜したものの一つは、山田秋穂さんの、その遺稿でした。見つけ出して何回も読み返しました。あの時もっと聞いておけばよかったと後悔しましたが、さいわい、成城教会にはその頃のことをよく覚えておられる方が今もいることが程なく分かりました。それだけでなく、成城教会は東日本大震災の後、若い人たちが岩手県の大船渡を中心に継続的に関わってきたことも知りました。今年の3月11日には、成城教会と共にあるボーイスカウト世田谷14団の東日本災害復興支援チームが、被災地の写真展示と被災地で採れたワカメの販売を行いましたが、被災地とはまさに岩手県の大船渡のことでした。そしてこの10月、大船渡教会の山浦玄嗣さんを当教会にお招きする運びとなりました。

 7月15日、ルカ山田秋穂さんの命日にあたり、かつて岩手県の教会のために尽くした若者たちの燃える心に思いを馳せています。


月報8月号
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