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12月のメッセージ

月報 第604号

「呼んで来なさい -叫びを聴く神-」

古郡 忠夫 (カトリック成城教会 助任司祭)

教会に戻った日のことをはっきりと覚えている。人生でも最も大切な、最も感動的な出来事として、はっきりと覚えている。それは、18 歳の誕生日のすぐ後、大学の入学式の直前の北海道の教会での出来事。中学、高校と教会から離れて、神様から離れていたわたしは、でも何か心に飢え渇きがあった。友だちと一通りの悪いことをしながら、でも何かいつも心に虚しさを抱えていた。いつも競争することを教えられ、周りの友だちはライバルでしかない世界で、何か閉塞した世界から抜け出したい、そんな気持ちで、北海道の大学を受験し、北海道の大学に進学することに決めた。周りには一人もわたしのことを知っている者はいない、そんな場所で、18 歳の誕生日にピアスを開けて、何か新しく生き直したい、そんな気持ちだった。わたしは、神様を見失うという盲目状態の中で叫んでいたのだ。いや叫んでいたというよりは、海の中で溺れそうになりながら、でも精一杯地上に顔を出して、息をしようとしていたのだ。

入学式に参列するために、母が北海道に来た。月曜日が入学式で、母は土曜日に北海道に来たのだった。土曜日に、札幌を回りながら、明日も一日あるけれどどうすると聞いたら、母は教会に行くと言った。母は、教会の場所とミサの時間をちゃんと調べてきていて、教会が家の近くにあることが分かり、それならばという形で、わたしもついて行くことにした。ほとんど観光の気分で、いつものようにピアスに青いスカジャン、ズボンをだらんと腰で履いて、ベルトをジャラジャラ付けたそんな格好で、わたしは久し振りに教会に足を踏み入れた。

久しぶりに行った教会の方は、皆わたしに声をかけてくれた。よく来たね。どこから来たの。来てくれて嬉しい。日曜日に集まるのは100 人もいない小さな教会であったが、司祭をはじめ、そこにいた全員がわたしに声をかけてくれた。観光で一度行くだけと思っていたわたしであったが、気づいたら次の週も教会に足が向いていた。忘れていた暖かさがそこにあって、それがわたしが今司祭として働いている一つの大きな大きなターニングポイント。ピアスを開けた、腰でズボンを履いた男。もしそんな男が教会に来たら、ちょっと、場違いなんじゃないか、この男はここには相応しくない、そんな風に思ってしまうのが普通かもしれない。でも、その教会の皆さんは、その男を見て、そんなわたしを見て、声をかけてくださった。

イエスは福音書の中で、叫びまくる、一見厄介な男に対して、「あの男を呼んで来なさい」と周りの人を招いている(マルコ10・46−49参照)。イエスの「あの男を呼んで来なさい」ということばを聞いた方々がいたから、今わたしは司祭としてここにいる。全然親孝行しない息子でも、この息子に幸せになってもらいたい、イエスと繋がることが幸せだと確信した、わたしの母がいたから、そして、どんな変なやつであろうと、この人は神様が呼んだ神様の子どもだと関わってくれた方がいたから、わたしは今ここにいる。

今年のクリスマスもきっとたくさんの人が教会に来る。色々な思いで、色々な格好でたくさんの方が教会に来る。主は、大切なその人に救いの道を歩ませるためにわたしたちをお使いになる。主は、大きな呼びかけをくださっている。「あの人を呼んで来なさい」。


月報12月号
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