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8月のメッセージ

月報 第578号

「好きな音楽」

福島 一基 (カトリック成城教会 主任司祭)

この度、喜多見教会と成城教会が一つの教会となりました。わたしたちの成城教会という名称は変わりませんが、新たに迎えた仲間とともに新たな気持ちで、つねに新しくされる教会として共に歩んでまいりましょう。


最近感じたことです。子供の頃、父母が好んで聴いている音楽を古くさいものであると思っていましたし、そのような音楽を聴いているのを恥ずかしいと思っていました。30年くらいのジェネレーション・ギャップは簡単に埋まるものではありません。現在その当時の父母と同じ年齢になり、今の中高生の子供たちと音楽の話をすると当然のようにギャップを感じてしまいます。そして自分の音楽のコレクションが古くさいものであることに気づかされます。恥ずかしいわけではありませんが、最近はヘッドフォンをつけ、こっそりインターネットで懐かしい音楽を聴いています。きっと現在の中高生たちもあと30 年もすれば、わたしと同じ思いになるのでしょうか。


振り返ってみると、自分の音楽の好みも年齢とともに変わってきています。小学生の頃はテレビアニメの主題歌、中学生になると先輩たちがギターで弾き語っていたフォークソング、反抗期にいたっては反社会的なロックンロール、バブル期の青年時代は明るくノリのいいポップスやダンスミュージックでした。そのうち落ち着いたジャズやクラシックも聴くようになり、現在は元気が出るような音楽なら何でも好き です。以前はコンサートなどにも出かけたことはありますが、今では車を運転しながら音楽を聴くことがほとんどです。


しかしながら、人前で歌うことには少なからず抵抗があります。これも一つのトラウマなのでしょうか。青年時代のとある休日、一人でギターを弾き語っていたときです。なかなか上手に歌えたと思い、まさしく自分に酔っていたとき、ふと視線を感じました。後ろで親父がニヤニヤしながら見ていたのです。我に返り、何とも言えない恥ずかしさに襲われました。歌うことはけっして嫌いではありませんが、シャイな性 格ゆえ自分に酔いしれながら歌っている姿をかっこいいとは思えません。それでもカラオケなどで自分の世界に入って歌っている人を見ると、うらやましくも感じますが。


音楽は芸術ですので、やはり美しさを映し出すものであると思います。美しさは、真理・善と並び神の領域にあるものです。人間が自然にそこへ志向しているのは当然のことです。音楽が嫌いな人はあまりいないでしょう。しかし、この美しさも独りよがりなものにしてしまうのであれば、また自分一人で酔いしれているのであれば、アダムとエバのような恥ずかしさを感じてしまうのかもしれません。だからこそ皆で心を一つにして神に歌う祈りは最高の賛美となるのです。


月報8月号
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