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7月のメッセージ

月報 第554号

「ヨハネの子シモン、わたしの羊を飼いなさい(ヨハネ2・15)」

福島 一基 (カトリック成城教会 主任司祭)

子どもの頃から実は動物が苦手です。チャボを飼っていましたが、飢え渇いた1羽 がいつもわたしの指に襲いかかるのが嫌で、餌やりをサボり、餓死させて飼育係をクビになりました。そして犬はもっと苦手です。友達の犬が脱走し、みんなで探しに出かけました。見つかったので喜んでいたら、その犬がわたしに向かってすごい勢いで駆け寄ってきます。あまり大きな犬ではありませんでしたが、恐怖を覚えたわたしは逃げ出しました。なぜかその犬は逃げ出したわたしのおしりに噛みつき、とても痛い思いをしました。その他に覚えているだけで犬に噛まれたことは3回ほどあります。決していたずらしようとしたわけではありません。相性なのでしょうか。動物になつかれることはこれまでほとんどありません。


現在もそれほど動物に興味がありません。ご自宅に訪問して動物に遭遇すると、当 たり前なのですが必ずわたしを警戒します。どんなに優しい顔をしてみても、また声をかけてみても同じです。きっとわしには敵の臭いがするのでしょう。それでも最近は、わたしが司祭ですので、ペットもご主人様にとっての大切なお客様だと分かるのでしょう。徐々にわたしに媚びを売ってくるようになります。野生の勘の鋭さは侮ることができません。


そんなわたしですから、もちろん植物にも興味がありません。しかし、いまだによ く花束をもらいます。もらってしまったら放置しておくこともできません。仕方なく水くらいはやりますが、それほど愛でることもしません。一時期、お金をプレゼントされるくらいなら、あまり腐ることのない観葉植物でもくださいと言っていたこともありますが、すべて枯れてしまいました。友人曰く「愛が足りない」からだそうです。水だけでは植物は育たないと言われますが、愛情まで注げと言われても、自分の好みでもないものを簡単に愛することもできません。


神学生の頃、犬を飼うような神父は終わりであると言われました。なぜなら、人間(信者)より犬の方を愛してはならぬと言うことなのでしょう。植物も然りです。人間(信者)より言うことを聞くからいいと言っていた神父様もいらっしゃいますが、確かに愛でれば愛でるほど生き生きとする植物の方がつき合いやすいのかもしれません。でも動物にも植物にも見放されているわたしには人間しか残されていません。皆様への水の注ぎならぬ、みことばの奉仕と、愛情を注ぐことは怠ってはならないでしょう。


月報7月号
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