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12月のメッセージ

月報 第547号

「降誕祭に向けて」

福島 一基 (カトリック成城教会 主任司祭)

早いもので今年もあと1ヶ月です。教会のカレンダーは世間より一足先に新しい季節、待降節に入りました。まず教会の1年の始まりは、世間ではクリスマスと呼ばれている冬の最大イベント、降誕祭の準備の期間を過ごします。それでもイエスさまの誕生日を待ちきれないのでしょうか。そろそろ街中がクリスマス一色に飾られ、電飾がきらめきます。信者である皆さんはご存じかと思いますが、本来待降節は旧約の歴史を思い起こしながら、救い主の誕生を待つ季節なのです。贅沢を控え、救いの到来の前に回心することを心がけなければならないのですが、あまりにも世間とのギャップがあるように思います。キリスト教の中で世間に一番知られているように思えるクリスマスですが、残念ながら、まだまだ降誕祭における福音の精神は理解されていないようです。


わたしたちは降誕祭で何を祝うのでしょうか。難しい言葉で「キリストの受肉の神秘」を祝うと教わりました(これに対して復活祭は「キリストの過越の神秘」を祝います)。神様が肉を受けられたとは、神様が人間となられたことです。そしてそれは神様のへりくだりを示します。偉大で全能の神が、わたしたちと同じような姿でこの世に来てくださいました。それも幼子という人間の最も弱い姿です。だからわたしたち弱く、はかない人間にとって、イエスさまの誕生は大きな喜びとなるのです。


そのイエスさまは「柔和で謙遜なわたしに学びなさい」(マタイ11・29)と教え、安らぎと平安を約束されます。そのとおり、イエスさまはまずその生涯の始めにへりくだった姿をわたしたちに示されました。確かにわたしたちはマリア様に抱かれている幼子のイエスさまに安らぎと平安を感じます。わたしたちが求めているものがここにあります。しかしイエスさまがマリア様に抱かれる有名な場面はもう1つあります。それは十字架で苦しみを体験されたあと、疲れ果てて死んだ姿でマリア様に抱かれます。これこそイエスさまのへりくだりの頂点です。


以前、復活祭に関しても同じことを書いたかもしれませんが、わたしたちキリスト教の最大のイベントは、お祭り騒ぎをしてお祝いすべきことではないのかもしれません。何よりも神様がへりくだってくださったことをお祝いするのですから。それでもわたしたち一人ひとりの心に、信仰と希望と愛の火は力強く燃え上がるはずです。



月報12月号
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