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10月のメッセージ

月報 第533号

「私の出会った神父(3)」

福島 一基 (カトリック成城教会 主任司祭)

 私が司祭になろうと思ったのは小学校6年のときです。教会で仲の良かった1つ上の友だちがこの神学校に入学したことがきっかけです。彼が入学したのは長崎公教神学校(現長崎カトリック神学院)で、夏休みで彼が長崎から千葉に帰ってきたときに誘われました。神学校に入ることを現実的に考えたのはこの頃でしょう。その後、当時関わりのあった神父様に相談した上、1981年2月、教皇ヨハネ・パウロ2世が来日した月に、長崎で入学試験を受け、4月に長崎教区の神学生として神学校に入学しました。


 私の神学校の入学はとても珍しいことでした。当時、東京教区では中学生からの神学生を認めていませんでした。ですから私は長崎教区に受け入れてもらわなければ神学生にはなれなかったのです。何の縁もなく、どこの馬の骨か知らない子どもを受け入れることは、当時の神学校としてもとても不安であったに違いないと思います。


 当時、長崎公教神学校の校長であった濱崎渡(はまざき わたる)神父様がどのような思いで私を受け入れてくれたのかは、今は知るよしもありません。大きな浦上天主堂の真下に位置し、木造4階建ての古い神学校の校舎で私を明るく迎えてくれた神父様を思い出します。当時も司祭としてかなりのベテランであったと思いますが、100名近い中学生・高校生の思春期の神学生と寝起きをともにしながら指導していくことは、かなり大変ではなかったかと思います。


 神学院の生活はそれなりの厳しさはありましたが、濱崎神父様はとてもユーモアあふれる方でした。用があって校長室に行きますと、必ずインスタント・コーヒーをごちそうしてくれ、いろいろと話をしてくださいました。大声で怒鳴りつけられたこともありますが、それでも神学生からはとても親しまれていました。


 入学したとき、神父様は私の親に、私が必ず東京教区で司祭になるであろう、だからいつでも移籍できるよう手配しておくとおっしゃったそうです。確かに私は長崎の神学校を卒業しましたが、卒業後は召命の道を離れ、紆余曲折を経て東京の神学校に入り直し、司祭に叙階され今に至っています。濱崎神父様は2002年の5月、私が司祭叙階の恵みを受けて3ヶ月後に帰天しました。不思議な縁を感じます。


 昨年より、大司教様より神学生養成担当の役割をいただきましたが、迷わずに受け入れることが出来たのは、濱崎神父様と関わりがあったからなのではないかと思います。神父様のように後に続く者に配慮することも、司祭として大切な役割です。成城教会からも司祭召命の呼びかけに応える若者が出ることを願ってやみません。(つづく)


月報10月号
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