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9月のメッセージ

月報 第532号

「私の出会った神父(2)」

福島 一基 (カトリック成城教会 主任司祭)

 この成城教会に赴任する前、私は清瀬市にある秋津教会の主任司祭を3年ほど務めていました。この秋津教会の近くにハンセン病の施設である多摩全生園があり、その中にもカトリック信者の集まり(カトリック愛徳会)があります。もちろん私はそこでも主任司祭でしたが、赴任してかなり経ってから、カトリック愛徳会会長の馬場三郎さん(今年の6月14日に帰天されました)から、会話の中で「うちの神父さんは・・・」という言葉を聞きました。もちろん私のことを話していたのだと思います。何気ない言葉ではありますが、「うちの神父さん」という言葉の中にようやく主任司祭として認められたような、嬉しい気持ちになったことを忘れることができません。


 司祭も人間である限り、信者の皆様にとっても性格的に合う・合わないという人間的な感情が存在してしまうのかもしれません。しかしそれを越えて「うちの神父さん」と親しみを込めて呼ばれる人こそ、小教区で働く主任司祭にふさわしいのではないかと思いますがいかがなものでしょうか。きっとこの文章を読む皆様のうちにも「うちの神父さん」的な存在がいらっしゃるでしょう。もちろん私個人と言うより、私の家族の中で「うちの神父さん」というような存在の神父様もいます。


 私にとってそんな存在であった東京教区司祭、下山正義神父様は、東京の下町にある本所教会で長い間主任司祭としての務めを果たされ、1996年に帰天しました。私の家族のほとんどが神父様より洗礼を授けてもらい、その後一家で千葉県に引っ越し、所属の教会も替わりましたが、神父様には長きにわたって指導を受けました。子どもの頃の私にとっては、たまにしか会うことのない神父様でしたが、両親は相当世話になったらしく、何かにつけて 下山神父様の話を聞かされました。今でも両親を通して聞かされた下山神父様の教えが私の話にもちりばめられているはずです。


 厳しい人柄で、よく叱られた思い出しかありません。でも私が初めて司祭になろうと思った理由は、この神父様に自分を認めてもらいたかったのではないかと、最近思うところです。私は覚えていなかったのですが、長崎の小神学校に入学するとき、神父様は反対されたそうです。そして神父様は名古屋にある神言会を勧めたそうですが、私は修道会ではなく下山神父様のような教区司祭になりたいと反論したそうです。この話は親から聞かされたのですが、 子どもながらなかなか殺しの効いたことを言ったものだと感心します。


 今も主任司祭として、また1人の司祭として行き詰まりを感じるとき、不思議と下山神父様を思い出します。神父様だったらどうするだろうか。何を言うだろうか。そんな未熟な私を見て、きっと「カトリック常識を知らないチンピラ神父」と叱りとばしているに違いないと思うと自然と身が引き締まり、「さて仕事でもするか」という気持ちになります。(つづく)


月報9月号
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