カトリック成城教会


3月のメッセージ

「成人洗礼と幼児洗礼」
山本 量太郎(カトリック成城教会 主任司祭)


四旬節を過ごし、洗礼志願式が行われ、洗礼の直前準備に励む大人の洗礼志願者たちがいるこの頃に、あえて、幼児洗礼式のことを考えてみましょう。子ども、特に乳児の洗礼は、わたしたちに洗礼の大切な一つの側面を教えてくれると思うからです。

成人洗礼の場合は、人間の側の決意という主体的側面がはっきりと前面に出ます。一人前の大人が洗礼を受けるということは、子どもの頃からなじんできた社会環境や習慣や考え方をある意味で放棄して、新しいものを身に付けることですから、そのためには長期間の努力が伴うでしょうし、最終的には少なからぬ勇気と大いなる決断が必要なのは言うまでもないことです。

しかしながら、洗礼は人間側の決意、決断があれば成立するものでは決してありません。幼児洗礼はそのことを気づかせてくれるのです。なぜなら、受洗の決意の前に、まず先に神の招きがあり、その招きがあるからこそ、洗礼は成り立つからです。実に、信仰は神の呼びかけに対する人間の応えなのであります。

 神の恵みに照らされ導かれてこそ、人間は自由に洗礼を望むに至るのです。幼児洗礼では、その恵みに対する答えは幼児が成長するまで、時間的に遅れるわけです。幼児洗礼式の時には、圧倒的に神からの恵みが前面に出ます。そして、このことは、すべての人間の行いに先立って神の恵みが注がれているということへと、わたしたちの思いを向けるのではないでしょうか。

洗礼は人間の行いであると同時に神の行いであります。洗礼でいただくものは、決して自分の力で獲得できるものではありません。聖霊と罪のゆるしは、神だけが与えることのできるものです。別の言い方をすれば、成人洗礼では人間の信仰がよく表され、幼児洗礼では神の働きが浮き彫りにされる、ということができるでしょう。

復活祭が近づいてきました。成城教会では、今年も老若男女の成人洗礼があります。親子で共に受ける洗礼や初聖体準備中の子どもたちの洗礼も予定されています。カトリック教会以外で洗礼を受けた人を迎え入れる式も行われます。当たり前のことではありません。神のほうからの働きかけに圧倒され、人間の側からの答えに感動している今日この頃です。





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