カトリック成城教会


11月のメッセージ

「司祭になって40 年」
山本 量太郎(カトリック成城教会 主任司祭)


40年前の1977年(昭和52年)11月3日、私は関口の東京カテドラル大聖堂で、岩崎尚師(11年前に帰天)、門馬邦男師(現、蒲田教会主任)とともに、白柳誠一大司教さま(当時)から司祭に叙階されました。門馬師と私はともに同じ立川教会出身でしたから、3日後の日曜日には、立川教会の聖堂で二人の新司祭の初ミサが盛大に行われました。

私たちの育ての親である塚本金明神父さまは、その前年、市川教会に転任していましたが、駆けつけてくださいました。そして、ミサ後のホールでの祝賀会でお祝いの言葉をいただきましたが、神父さまはなんと開口一番、「門馬くんも、山本くんも、学生のころ、パチンコが大好きだった」とおっしゃったのです。私はびっくりしました。こんな晴れの舞台で旧悪?を暴露することはないだろう、塚本神父さまは、いったい何を考えているのか。こうなったら、せめて麻雀ばかりやっていたころのことだけは言わないでほしい、と真剣に願いました。

そんな私の思いにはお構いなしに、塚本神父さまは、「彼らは好きなだけではなく、うまいとさえ思っていたようだ」と、パチンコの話を続けます。私たちが学生だったころをよく知っている信者の皆さんは、いろいろなことを思い出して大喜び、会場は爆笑の渦に包まれましたが、塚本神父さまは大声で突然おっしゃったのです。「でも、本当にパチンコがうまかったのは、神さまだ!」

会場は一瞬、静まり返りました。そして、神父さまは最後にこう結ばれたのです。「門馬という玉、山本という玉をはじいて、司祭という、天辺(てっぺん)にある穴に入れたのだから、神さまはすごい腕前だ」

40年前、司祭生活の門出に恩師からいただいた言葉を、たいへんありがたく思い出しています。たしかに私は司祭になりたいと志願して神学校に入りましたが、けっして自分の力で司祭になったわけではありません。どう考えても私よりもふさわしい神学生が何人もいたのに、一緒に入った9人の同級生のうち8年後に司祭になったのは、3人でした。私がその中の一人になるとは、だれも思っていなかったに違いありません。なにしろ、神学校に入った時から、辞める候補の筆頭と噂されていたようですし、事実、辞めようと思い詰めたことも、また、辞めさせられても仕方がないと観念したことも、一度や二度ではなかったからです。そんな山本という玉をはじいて、神さまは司祭という穴に入れてくださったのだぞ、自分が司祭にふさわしい人間などと思うようになったらおしまいだぞ、と塚本神父さまから今日も言われているようです。

成城教会に来て、あっという間に1年半たちました。この度40年という節目を迎え、また初心に帰って精一杯励む所存ですので、皆さま、これからもよろしくお願いいたします。





メッセージの一覧に戻る



0. ホーム
1. ミサのご案内
2. 今週のお知らせ・行事日程
3. 教会学校のお知らせ
4. 入門講座・勉強会
5. 今月のメッセージ
6. 教会へのアクセス

(C) Seijo Catholic Church. All rights reserved.