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心病む人々に教会ができること

黙想会 英神父講話

2010年04月11日
11:30~ 黙想指導 英 隆一朗 神父

村上 英郎 

 わが国では、年間3万人以上の自死者を数え、その原因や動機を特定できる人のうち、最も多いのがうつ病であることは周知の事実です。今やこの問題はわが国の最重要検討の課題となっています。東京教区、わけても、岡田大司教が、教会が取り組むべき3大優先課題の1つに、「心のケア」を挙げていることは、大司教が昨年、成城教会にこられ、ミサの説教の中で強調されたことで、成城教会の信徒にも、強いメッセージとして受け取られています。


英隆一朗神父の講話
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 この度、「心病む人々に教会ができること」と言うテーマで、黙想会を指導してくださったイエズス会の英 隆一朗神父は、長くこのテーマに取り組まれており、各地の教会や、教区主催のセミナー等で、度々参加者の胸を打つメッセージを発信されています。黙想会当日の4月11 日には、そのことを知る成城教会の信徒や他教会また他宗派の方々をはじめ、このテーマに関心のある多くの方が、英神父がどんなお話をしてくださるのかと、熱い期待をもって聖堂に集まりました。そして、その内容は皆の期待をはるかに上回る、素晴らしい内容のものでした。


 テーマの核心に入る前に、第1講話として取り上げられたのは、「福音書のなかのキリストのいやしについて」でした。ここでは、マルコ5章1節から20節、ヨハネ9章1節から17節、マルコ2章1節から12節を取り上げられ、よく知られた福音にこめられた、キリストの「いやし」の意味を分かりやすく教えてくださいました。


 福音を通じて、特に強調されたことは、「心の病」とは個人的問題である前に社会全体がその原因となっている問題で、その1つは、人間が色々な繋がりをたたれ、ばらばらになっていることから生じることなので、「いやし」とはそれをつなぎ合わせること、即ち、共同体の中で福音の伝える喜びを語り合うことでもたらされるということでした。「いやし」=heal の語源には、holy=聖なるとwhole=全体的という意味があるそうで、教会で「いやし」を考える時にはこのふたつのキーワードが大切であるとされました。


 多くの「心病む」人が教会を訪れますが、それはまさに「いやし」を求めてのことで、どうすれば教会はそれを提供できるかというヒントがここで語られたのでした。


黙想会の様子
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 そして、続く第2講話は、今回のテーマ「心病む人に教会ができること」の具体的内容についてでした。 余りに多くの示唆にとんだ、奥深い話があり紙面ではとても伝えられませんが、中でも強く感銘を受けたお話は、宗教=religion は再び、繋ぐ、つまり切られているものを繋ぎなおすという意味で、聖なるもの(神)との繋がりを切られていて孤立している関係をもう一度繋ぎ合わせることがその使命である。孤立している「心病む人」が教会に来ると、自分の社会とは別の繋がりができる。教会は「繋がる場所」即ち「神と繋がることのできる場所」を提供できる。またそこは「神はありのままの自分を愛してくださる」というメッセージを伝える場所でもある。


 そして、教会にいる我々がなすべきことは、神の愛を病者に理解してもらう「信仰の友」になること、またその時、最も重要なことは、「受け入れる態度」そして「ただ聞く」という姿勢である、ということでした。


 うつ病や統合失調症などの心の病は他人事ではありません。明日、自分や家族、親しい友人などが罹患するかもしれません。そのために、自分ができること、できないことをいつも考えていなければいけないでしょう。同時にキリスト者として、心病む人に教会ができること、できないことをよく見極め、できることに1つひとつ取り組まなくてはいけないのでしょう。そのためには、まず自分自身でよく考え、次に人とよく話し合い、また考えながら自分を磨き、いつか「キリストの香り」をただよわせるようになっていることを意識しなければいけないのだと思います。


 英神父は、このテーマを考える時、必ず復誦されるのは次のみ言葉だとおっしゃられました。

「疲れたもの、重荷を背負うものは、誰でもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」。

11月のメッセージ

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