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2018年度大船渡教会訪問の旅



7月14日(土)猛暑の成城を出発し、大船渡の碁石(ごいし)海岸に到着した参加者の第一声は「涼しい!」でした。船での岩場巡りを楽しみましたが、これも経済支援の一環ということです。

地元の魚屋さんでのバーベキューの夕食には、大船渡教会の方々も加わり、たくさんの海の幸に舌鼓を打ちました。地元の方の挨拶の中、震災当時やその後の様子が語られると、昼間見た穏やかな海やその豊かな恵みと、津波の驚異との落差は、改めて参加者の胸に迫るものがありました。

翌日、参加者は、大船渡教会で9時30分から地元や秋田教会の信者さんとともにミサに(あずか)りました。山本神父、仙台司教区第4地区川崎神父の司式のもと、畳敷きの聖堂でのマイクを通さない声による進行は、参加者のミサに与る喜びを強めていました。川崎神父によるマルコ6・7-13の福音朗読の後、山浦玄嗣(はるつぐ)さんが同じ箇所をケセン語で朗読しました。

山本神父の説教は、福音朗読にある12人の使徒についてでした。2人ずつ組にして遣わされたと書いてあるが、どのような組み合わせであったかはわからず興味深いとのことでした。そして、遣わされた2人組は1日の終わりにその土地の人が出してくれたであろう食事を前に、主の祈りをとなえたはずである。 「今日のパンを今日お与えください」と祈る。目の前に食事があってもそう祈るのはなぜか、想像してみると、自分たちの前には食事があるが他の5組にはないかもしれない、食事にありつけなかった組のために祈ったのではないか。主の祈りでいちばん大切な言葉は「私たち」である。一緒に唱えている人たちだけでなく世界中の人たちのために「私たち」と祈るのである。ここにいないどれだけの多くの人が「私たち」か、今日成城教会から参加した人たちはそれを強く感じていることだろう。最初は、ほんの一握りの人が教わった主の祈りに、私たちは心を込めていきたいという言葉で説教は終わりました。

長年この地にあるフィリピンの方々のため、タガログ語で主の祈りの歌を皆で合唱しました。閉祭の歌「ガリラヤの風かおる丘で」はケセン語で歌いました。

閉祭後、祭壇をバックに記念写真を撮り、聖堂と続きになっているホールで交流会が催されました。まず、大船渡教会のスタッフの方々から、これまでの成城のボーイスカウトによる支援への感謝、今回の訪問についての歓迎の言葉がありました。成城教会からは、山本神父が大船渡教会との古くからの関わりについて話し、堀田運営委員長が歓迎への感謝と今後も継続した交流を持ちたいと挨拶しました。続いて、地元出身で現在は成城在住の久保田武光(たけみつ)さんから、ご自身のこの地域におけるこれまでの深い関わりについて大変興味深い話がありました。そして、めかぶそばやホタテの炊き込みご飯など心づくしの食事とともに、それぞれの席で話が弾みました。

名残りを惜しみつつも大船渡教会を出発し、大籠(おおかご)キリシタン殉教公園、大籠教会を訪れた後、帰京しました。世話係の実吉運営副委員長、マイクロバス運転の水野重俊さんに感謝しつつ、成城学園前の駅で解散となりました。

参加者の感想その1

水野 重俊 

ボーイスカウトは、東北震災直後から教会やいろいろな方たちの支援を受け、被災地の方たちに心を寄せるよう支援を継続してきました。山本神父様から、大船渡教会の創設当初は喜多見教会や成城教会の若者たちがその創設に関わっていたお話をお伺いして、昨年の秋のタデオ祭の一環として大船渡教会所属の山浦先生に講演をしていただく運びになりました。それを機会に成城教会と大船渡教会は姉妹教会と位置づけし、お互いに信仰を深め協力体として歩む約束をしたのです。

山本神父様はお忙しい方でなかなか時間が取れない中、7月の連休だったら何とかなりそうだ、というお話でしたので、待ちに待った大船渡教会訪問は実現することになったのです。

久保田武光(たけみつ)さんと私はレンタカーを借りる時間を節約することを名目に、皆さんと行動を共にせず前日から一関に入りました。もう一つの目的は、「藤の園」という養護施設を訪問することでした。この養護施設も地震で立て直しを余儀なくされ、当時園長先生になられたばかりの若いドイツ人のシスターが懸命に再建に走り回っていました。今はとても素敵な、そして今度地震が来たときは、近隣の方の避難所となるようにと薪まきストーブを入れたり、ソーラー発電機を入れたりと最新の設備の施設を作り上げたのです。それには震災後プレハブで過ごした子供たちは大喜びだったと思います。そして、現園長の渡辺さんからは新しい宿題をいただきました。児童養護施設を18歳で卒業した後の学習支援です。これはチラシを教会に置かせていただきますのでご協力をお願いします。

土曜日はお昼過ぎに一関駅で成城教会の皆さんをお迎えし、気仙街道を走り大船渡へ入りました。まずは復興の一つとして始まった漁船による穴通し磯の観光です。私は今まで大船渡へ行くと、仮設を回ったりイベントを開催したりでなかなか周囲に足を延ばしたことがありませんでした。泊るところも仮設の集会室や公民館がほとんどで、旅館やホテルに泊まったことがありません。今回は、この漁船に乗せていただきホテルに泊まりすっかり観光気分でした。土曜の夜のお魚屋さんで行ったバーベキューも、大船渡教会の人たちや当時避難所や仮設にいらした皆さんも来てくださり同窓会の様に楽しい時間を過ごしました。

日曜日は食事をとり、今回の目的である大船渡教会の訪問です。朝ホテルの屋上から見た湾はワカメ(昆布?)の養殖棚が並び遠く入り江にひと際高い防潮堤が見えるものの、穏やかな水面で周りには緑の生い茂った山々が見え大袈裟おおげさですけれど人生も自然と同じだなあと思いました。それは私たち一人ひとりが使命をもって神様に生かされているのだ、自然と同じなのだということです。

9時半から大船渡教会のミサが始まりました。山本神父様と川崎神父様の共同司式です。気仙語の聖書朗読があったりタガログ語の歌があったり気仙語の歌があったり。ここは大船渡の教会であり地域の人に開かれた教会だということを感じました。教会は震災後に信徒数が増え、和室の聖堂だけでは狭くなったので、聖堂隣室の集会室の壁を取り除き、きれいに聖堂を広げられていました。この日は秋田教会からの方たちもいらしていて成城教会と一緒にご紹介していただき交流会も参加していただきました。秋田教会の方の中に、学生時代白百合女子大に通い、吉祥寺教会でガールスカウトしていた方もいらっしゃいました。

大船渡教会は、震災後5 年間は主任司祭の方がおいでになられていたのですが、2年ほど前から震災前と同じ巡回教会になってしまいました。私たちは毎週日曜日の決まった時間にミサがあること、いつでもお話しできる神父様がそばにいらっしゃること、あたりまえになっていますがこれも考えさせられます。

東北へ来たら是非寄ってほしい大籠おおかご教会へ行くため、名残惜しくも大船渡教会を後にして一路大籠教会へ、乱暴な運転のバスに揺られること1時間半、大籠キリシタン資料館へ着きました。資料館の裏山にあるクルス館へは行くことができませんでしたが(殉教者の分だけ階段がある)、普段は開いていない大籠教会を開けていただきお祈りをしてきました。

資料館はなかなか来館する方が少なく一時は閉館を考えたそうですが、最近は長崎が世界遺産に決まり、東北の殉教地として注目を集めているようです。応援の電話もいただくとか。

ここでも感じることは、今はあたりまえのことがあたりまえでない時代、あたりまえでない時があるということ。あたりまえって何でしょう!?

大籠教会を後にし、無事一関駅に到着。レンタカーを返し時間通りの新幹線へ乗ることができました。私の任務はこれで終了です。

今回この旅に参加した皆さんが、少しでも東北のことを知り、一人でも多くの人に心を寄せてもらえればうれしいと思います。先ずは隣の人に心を寄せなければならないかもしれません。教会で行われる大掃除やイベント、このような旅行を通してみんなの心が通い合えればとてもすてきだと思います。

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