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恐れるな!

~ 私はあなたと共にいる神 ~

2017年03月26日
司式・講話 : オノレ カブンディ神父 (松原教会助任司祭)

3月26日(日)、松原教会助任司祭オノレ・カブンディ神父をお招きし、四旬節の黙想会が催されました。

黙想会の講話に先立ち、司式された10時のミサの説教の中でも黙想会に繋がる四旬節の過ごし方について触れました。

黙想会では、始めの祈りとしてマタイ福音書11章25節が朗読されました。続いて教皇の「より具体的に黙想すべき」という言葉を紹介し、次のように語りました。

毎年巡ってくる四旬節は、イエスの荒野での40日間を思い起こして、イエスと共に祈り、信仰を確認するときです。キリスト信者となった原点に立ち返って、「何を、誰を、どのように信じているのか」「どうして信者になったのか」「親はどうして洗礼を授けてくれたのか」「どうして教会に来ているのか」「どうして祈っているのか」「自分の人生でイエスに出会ったことには意味があるのか」というような具体的な問いに答えることで、信仰がますます深まっていくのです。また自分の人生の歩み、人との出会いと別れ、喜びと悲しみ、成功したできごとや失敗に終わってしまった努力などこれまでの道のりを振り返って「今、自分の信仰はどうなっているのか」を確認し「これからどこへ、どのような道を進んでいいのか」を見つけていくことが四旬節の黙想会の目的です。

次に、この黙想会のテーマは「恐れるな、私はあなたと共にいる神」と述べ、「恐れ」と「共にいる神」について語りました。

自分の人生の中で、とくにお祈りをする際に静かな心に聞こえそうな言葉は「恐れるな!」という神の声です。時には、胸に手をそっとあてて、私はこの御言葉を小さく声に出します。聖書には365回「恐れるな」という言葉が書かれています。すなわち、神は、一年365日の毎日「恐れるな」と、私たちに語りかけているのです。それは、私たちのまわりに「恐れ」がたくさんあり、私たちの心にも「恐れ」が満ちているからです。どんなに健康でも、経済的に十分でも、安全な場所に住んでいても、必要なものがすべて満たされていても、やはり人の心にはぬぐいきれない「恐れ」があるのです。

恐れるとき、私たちは力を失います。体から力が抜けた、腰が抜けた、立ち上がれず、へなへなへなと、まるで風船から空気が抜けたように、萎えてしまいます。立つことができません。生きることも出来ないかもしれません。それほどに「恐れ」は私たちを弱くするものなのです。

「恐れ」は、私たちが神さまから目を離したとき、聖書に書かれていることを信じなくなってしまったとき、自分が置かれている状況に救いがない、病気や苦しみのあまり神さまがここにはいないと思うときに起こります。そのような時「私は共にいる」という御言葉をいつも思い出してください。インマヌエル=神は共にいてくださるのです。「恐れるな」。主イエスが特に繰り返し繰り返し語られたのが、この御言葉だと思います。「恐れるな」。このように語りかけられたということは、私たちの中にこのような「恐れ」があるということを、主がよくご存じだったからです。心の中に沈み、静かにたまっていくような「恐れ」をいつもいつも新しくかきだし、取り除いてくださるように、主は何度でも、この御言葉を持って語りかけてくださるのです。

そして、自分に問いかけてみてください。「何を恐れているのか」。人生のつらい体験や、周りの人が私を理解しなくても、周りの人が私を拒否しても、神さまはいつも忘れることなく支えてくださり、一人であってもここに神様が一緒にいてくださると信じ、その御言葉から力を頂き、希望を抱いて歩むことができます。そして必ず、出会う試練を乗り越えられます。

「この新しい一日を迎え、感謝します。今日も一日、私と共にいてください」というお祈りの言葉をお勧めします。お祈りは、まず感謝することから始めてください。

神父は最後に、「もう一度目を閉じて『恐れるな、神様は私たちと共にいる』という言葉を深く心に刻んで、四旬節の残りの期間を過ごしていきましょう」と結びました。

各自黙想の時間を持った後、希望者はゆるしの秘跡を受けました。


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